01-03 〈こころ世界〉と〈もの世界〉

1. 二つの世界

1.1〈もの世界〉

■ビッグバン/世界の始まり

私たちが住む「この宇宙」は、138億年前のビッグバンという現象によりはじまった。 13,800,000,000 年 ≒ 10の10乗年

この宇宙は、空間と時間という「容れ物」に、物質やエネルギーといった「内容物」が入っている、という構成になっている。物質とは原子や分子のことであるが、細かく見ていくと原子は素粒子に分けることができる。そして素粒子は弦のような振る舞いをするものだといわれている。
なぜビッグバンがあったと「わかる」のかというと、それは、遠い星ほど速いスピードで遠ざかっているという事実が観測できるからである。実際に星々はどれも大きく見ればそれぞれの場所に静止している。それにも関わらず、互いに遠ざかっている、ということは、星々の入っている空間自体が膨張していると考えるしかない。 こんな想像をしてみよう。
東京に暮らす私には、ソウルとサンフランシスコに友人がいる。何らかの方法で、地球の表面にそって私と彼らの距離を測ってみる。するとそれぞれ都市に止まっているはずなのに、ある速度で互いに遠ざかっていることが観測されるという。さらに地球のさまざまな地点の人どうしの距離を同じように測ってみると、だれも住んでいる場所を動いていないにも関わらず、距離が遠い人ほど速い速度で遠ざかっている。そこから類推される事実は、地球が風船が膨らむように大きくなっている、ということだ。 もしも今現在宇宙が時間とともにどんどん大きくなっているのだとしたら、逆に時間を過去に戻していったら、宇宙はどんどん小さくなっていく。その計算を続けると、いまから138億年前には宇宙の大きさがゼロであったことになる。それがビッグバンである。 ビッグバンは「宇宙」の始まりであるとともに、私たちが住む「世界」の始まりでもあった。 (実際にはビッグバンの?秒前に、「インフレーション」という現象があった。ここではそれら最初期に起きた事象を簡単のために「ビッグバン」と呼んでいる。)

■時空間

私たちの宇宙を含むこの空間は、極小の点から爆発的に始まって現在も膨張を続けているわけだが、ビッグバンの前はどんなふうであったのか、何がその爆発を起こしたのか、おおいに気になる。しかし実は、今も一定の早さで過去ら未来へと一方通行で流れ続けているこの「時間」さえ、ビッグバンから始まったのである。 私たちは、ビッグバン以前から時間はずっと流れていて、「ある時」ビッグバンが起きたように想像してしまいがちだ。それほど時間は私たちに自然であたりまえの存在である。時間が流れていない、ということを想像することはむずかしい。それは何かが「存在していない」といっていることにも等しい。 とにかく何もかも、空間も時間も含めた一切合切が、その時にはじまったのである。 だから「それ以前」を問うことは、意味がない。 この空間が3つの次元の広がりを持つことも、時間が1つだけあって一方通行に流れることも、たまたまそうであったに過ぎない。5次や2次元の空間であったかもしれないし、時間だって2次元の広がりを持っていたかもしれない。現在の状況であることには、なんら必然性はないのである。 私たちには、他の状況はなんだか不自然だし想像もつかないことではあるが、それはまた、3次元空間+1次元時間という状況が、私たちの身体や認識のベースになっていることを表している。

■太陽と地球

138億年という宇宙の歴史のなかで、だいたい3分の2ほどの時間がたったころ、つまりおよそ45億年くらい前に、私たちの太陽と惑星からなるこの太陽系が、それを含む天の川銀河とともにできた。太陽系の惑星とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8つである。9つめの惑星であった冥王星は、近年あまりに小さいことがわかり惑星の地位を失ってしまった。地球の妹である衛星の月もまもなく生まれた。
世界の始まりという事象と、私たちが暮らすこの地球の誕生という事象のスケールは、永遠の昔でないばかりか、意外と小さく手が届くような気さえする。138億歳の大翁と45億歳の働き盛りである。

■生命

できたころの地球は、他の星々と同様に荒々しいものであった。いたる所に溶岩流が流れ、隕石も雹のように降った。それでも地球ができてからだいたい5億年ほどたったころには、少しおちついて海が地表を覆っていた。そしてその海の中で原始的な生命が生まれた。 生命の起源は謎に包まれているが、アミノ酸からタンパク質が合成され、そのの中からさらに自己複製する複雑な物質が生まれた。その物質は、地球上のあらゆる生命体の基本的なパーツとなる物質であるが、その物質は合成してできあがる可能性のあるパターンのたった一つでしかなく、その合成が起きる確率からすると、海の中でたった一回だけ起こった、という可能性も指摘されている。つまり、その頃の海の中でどこかで起きた一回の合成という出来事が、すべての生命の発生の瞬間であったということになる。 45億年という地球の歴史の中で、9割にあたる40億年、生命と地球は互いに影響を与えあってきた。つまり、地球という星があってそこに生命が暮らす、というイメージよりも、地球と生命は一心同体のものであり切り離しては考えられない。事実、生命の死骸は石炭や石油という特徴的な地層を作り、生命の吐き出す二酸化炭素や酸素は地球の大気となり、地球という星そのものに影響を与えている。 生命の大きな基本的な動作は、ミクロにみると自己というアイデンティティを時間を超えて保つことことにある。アイデンティティを集約した物質がDNAである。物理的な身体は、DNAを乗せるための乗り物と考えることもできる。
身体自体は物質であるから、じょじょに痛んでくることが避けられない。だからときどき新しい身体に刷新するために、個体の死という方法をとった。自己を犠牲にしつつ、マクロには種というレベルでアイデンティティを保存しようとした。また、末永く種のアイデンティティを保つためには、環境の変化に耐えるように多様性の確保が必要であった。雌雄/二つの性という仕組みによって、多様性を確保していった。

■生物の進展

そういうことで生命は40億年の歴史を持っている。その中にはいくつかのエポックがあったが、5億4200万年前から500万年の間に起きたカンブリア爆発と呼ばれる、ひときわ大きな事象がある。大きな歴史をたどるとき、事象の成立年は自然と「およそ」という形容詞がつく大まかなものになるが、このカンブリア爆発という事象はかなり細かい年代が示されている。それだけ鮮明な事実だったといえる。 その短い期間に、動物の種類(動物門)が爆発的に増えた。それまでは大まかに3つほどの体制(身体構造)を持つ動物しかいなかったが、その期間に38種類ほどの体制の動物が現れた。しかもその後、現在まで大きな体制の数はほとんど増減していない。それゆえこのカンブリア爆発は、生物進化上のビッグバンとも呼ばれている。この爆発的な変化は長らく生物進化上の大きな謎であった。その急激な変化を誰も説明することができなかった。 近年アンドリュー・パーカーという研究者が信憑性の高い「光スイッチ説」を提案して話題になった。パーカーによると、そのころ三葉虫の一部に眼を持つ種が現れた。それまでの動物の中には視覚を持つものが一人もいなかった。視覚を持たない敵の中で、ただ一人だけ見えているものがいたら、生存の闘いの優位さは想像を絶している。先回りして簡単に獲物を捕まえることができただろうし、どんなに強力な捕食者とはいえ、眼の見えない相手から逃れるのは容易なことにちがいない。
当然ライバルたちもじきに視覚を獲得していったから、生存競争の激しさが一気に加熱した。その結果、淘汰圧がいろいろな体勢を持つ種がごく短い期間に現れるように働いた。 視覚という新しいセンサーによる外部の情報の獲得が、まさに生死を分けた闘いになったわけだが、ある意味デザインにとっても象徴的、寓話的な話しである。 ※リチャード・フォーティ
※ スティーヴン・ジェイ・グールド「ワンダフルライフ」

※アンドリュー・パーカー「眼の誕生」/光スイッチ説 カンブリア爆発直後の動物はバージェス動物群と呼ばれるが、その中の一部に脊椎を持つタイプの動物が現れた。脊椎とは神経の束であるが、その頂上におさまるものこそ脳である。脊椎動物はその後、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など分かれていくが、ほとんどの高等な動物がそこに入っていることがわかる。 爬虫類である恐竜が栄華を極めたのは2億年ほど前であるが、6600万年前くらいには大型の恐竜は姿を消してしまう。哺乳類が生まれたのもおよそ2億年くらい前だが、爬虫類の没落を待ち、6000万年前あたりから地球上で次第に優位になっていった。700万年くらい前、猿から分かれて人へ向けての進化がはじまった。そしてついに私たちホモ・サピエンスが20万年前に生まれた。

■ホモサピエンス

生命体はさまざまなバリエーションを生んだ。まるで地球という生命体が、自らの生を持続するために、多くの生物のバリエーションを多様性実験のシャーレで培養しているようでもある。 生命の最初期から現在にいたるまで最大の個体数を誇っているのはバクテリア(細菌類)である。バクテリアから植物と動物へ分化し、動物は昆虫、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類などへ分かれていった。 40億年の生命の歴史の中で、20万年前というかなり新しい種族として、ホモサピエンスと呼ばれる私たち「人」は誕生した。

〈もの世界〉、科学的な視点

ビッグバンから始まるこの世界のイメージは、時空間という容れ物の中に、物質やエネルギーがあるところに濃くあるところは薄く漂っているという感じだろうか。私たちの解明してきた科学=物理法則は、この世界の振る舞いをうまく説明してくれる。もちろん科学にもまだ多くのわからないことがあるが、科学は月に人を送れるほどには高度である。 科学は、観察と論理によって堅固な構造物を構成している。だから正しいとされていることは、本当にほとんど正しい。科学のもっとも優れた美点は、正しいにも関わらず、さらに自分自身を書き換えることを積極的に許すことにあると思う。つねに自己批判的であるといってもいい。つねに新しい正しさを物色している。 この科学で説明される時空間と物質やエネルギーでできた世界を、以降は〈もの世界〉と呼ぶことにしたい。それは〈もの世界〉でない世界のことを語りたいからである。

※時間スケール

あまりに長い時間幅は、リアルにイメージするのがむずかしい。10の何乗年かという単位での大まかな年表を掲げる。 ビッグバンは138億年前の出来事だが、これはおよそ10の10乗(100億)である。以下順に見ていく。

時間のスケールで、大きな表を提示する。 100億年 (10の10乗)「第十乗期」時空期
ビッグバン、時空/宇宙のはじまり、物質のはじまり 10億年(10の9乗)「第九乗期」星期
恒星、銀河、太陽、地球、月の生成 〜 生命の発生(バクテリア) 1億年(10の8乗)「第八乗期」生命期
生物の多様化(カンブリア爆発)、魚類、爬虫類 1000万年(10の7乗)「第七乗期」大型動物期
大型恐竜の絶滅/哺乳類の反映(K-Pg境界)、クジラ海へ還る 100万年(10の6乗)「第六乗期」哺乳類期
哺乳類の多様化、ホモ属(ホミニン)の発生、ホモ・エレクトス 10万年(10の5乗)「第五乗期」ホモ・サピエンス期
ホモ・サピエンスの発生 1万年(10の4乗)「第四乗期」出アフリカ期
出アフリカ(グレートジャーニー/世界進出)、言語の獲得、狩猟採取〜農耕のはじまり 1000年(10の3乗)「第三乗期」文明期
集落〜都市、文明/文化の発生、文字の発明、アントロポロセン(人新世) 100年(10の2乗)「第二乗期」国家期
国の成立、科学革命、世界戦争、先祖/祖父母/親 10年(10の1乗)「第一乗期」科学期
コンピュータネットワーク、家族/親/自分/子/孫 1年(10の0乗)「第ゼロ乗期」自分期
今、今年、近況、


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